kigi's Book Diary

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そして品格は失われた

26日の「その時歴史が動いた」は「歴史の選択 川中島の戦い 引き分けの謎」
今回の選択は、
・川中島の戦は両者が実力伯仲のため引き分けたのか?
・実はパフォーマンスだったためなのか?
という選択。

私はやっぱり実力伯仲説。

成蹊大学教授の池上裕子さんは、厳しい戦場を任されていたはずの信濃の武将たちが川中島の戦いの後も生き残っていることから、戦死者はそれほど多くなかったと指摘

戦場は動くもの、どこが激戦区になるかは始まってみないとわからない。
信長が登場するまでの合戦は戦争というより、大掛かりな喧嘩みたいなところもある。
まず名乗り合いから始まるとか、身分の釣り合う相手としか刃を交えないとか、
信義を重んじるところなど。
だから戦死者も現代人が想像するほど多くないとも言える。
そんなところが悲惨な戦争を経験してる現代人からは
パフォーマンスに見えてしまうのかも。

そう、戦争が悲惨になったのは鉄砲が登場してから。
日本では信長が合戦を変えた。
実は信長が鉄砲を使うことを「発見」したわけではない。
他の武将も鉄砲は知っていた。その有効性も知っていた。
でも「鉄砲は卑怯」という考えで使わない武将が多かった。
信長は「戦いに卑怯も何もない」って考え方。
それが時代ってものだろうけど、なんかそういう考え方は嫌い(笑)
この国の品格という考え方があるならば、信長から無くなったと思う。
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  1. 日記06年後半
  2. / トラックバック:0
  3. / コメント:2

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  1. 2006/07/30(日) 21:29:35 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

  1. 2006/07/31(月) 00:26:35 |
  2. URL |
  3. kigi
  4. [ 編集 ]
信長から、戦いが単なる殺し合いになった気がするのよね。
非戦闘員も巻き込むのも同じ。
どちらも良くないと言ってしまえば、それまでなんだけど、
人間社会から紛争をなくすことがとても難しいことだとしたら、
泥沼の殺し合いより、剣術や戦術を競う戦いのがまだマシかもしれない、と思います。
戦国時代でも謙信、信玄の時代の方が技術的な部分があるからね。
幕末は戦いとも言えない卑怯なところもあるからね~
評価できないかな・・・
歴史上の人物の人気は、いいフィクションに恵まれるかどうかで決まるよね。
決してノンフィクションじゃない(-.-)

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